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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1876号 判決 1962年5月26日

控訴人 前橋税務署長

訴訟代理人 館忠彦 外二名

被控訴人 株式会社 カメヤ糸店

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

理由

被控訴人が肩書場所において糸類洋品などの小売業を営む法人であり、その所得税につき青色申告の承認を受けたものであること、被控訴人が昭和二十七年九月三十日控訴人前橋税務署長に昭和二十六年八月一日から昭和二十七年七月三十一日にいたる事業年度分の所得税につき所得金額を四三、九三九円として確定申告をしたところ、控訴人は昭和三十年一月三十一日附で所得金額を二三四、四〇〇円と更正し、昭和三十三年九月二十九日被控訴人にこれを通知し、その通知書に更正の理由として「売上計上洩一九〇、五〇〇円」と記載されていることは当事者間に争がない。よつて右理由の記載の当否について老えてみるのに、青色申告者の青色申告書の提出を認められている年度分の所得額について、申告者の帳簿書類を調査し、その調査により計算に誤があると認められる場合に更正することができるし、その場合に更正通知書に理由を附記することを要することは所得税法に規定されているところである(同法第四十五条第二項)。そして右の計算に誤があると認められる場合とは、更正決定前においてその誤が発見されたことを要すること勿論であるが、誤の発見は単に帳簿書類自体の調査の結果に限られることなく、帳簿書類と共にこれに関連する取引状況等の調査或は同種事業者間になされる取引の通常性等をも勘案して遺脱誤記誤算のあることが確認される場合をも含むものと解すべきところ、先ず本件において被控訴人の申告に控訴人主張のような売上計上洩が認められるか否かについて仔細に検討する。成立に争のない甲第一号証の一、二甲第二乃至第五号証、甲第六、七号証の各一乃至十一、甲第八、九号証乙第一乃至第三号証の各記載、証人平山孝一の原審並びに当審における証言、原審証人設楽武雄の証言、被控訴会社代表者の原審における本人尋問の結果中「本事業年度の所得として四三、九三九円と申告したのは計理士さんがどうも赤字じやとうりが悪いから、なんとか黒字でという話がありましたために商品の在庫を一五〇、〇〇〇円なにがしか水増ししましてこの黒字に直して申告した」、「私が確定申告をした後更正決定の来る前、税務署から調査に来た人が調査に立会つた私と計理士に対し、五万か八万か、出してもらえんかなあと言われましたが、私はそれに応じませんでした」、「計理士さんが売上洩に三一〇、〇〇〇円を計上せよといわれたからそのことは計理士さんに委せました」旨の各供述を綜合して考えると次の事実が認められる。

(一)  被控訴会社は、その売上金額を各人別売上カード(甲第三号証および同第七号証の一ないし十一)によつて明らかにするとともに、これに基き入出金を正確ならしめるため入出金振替伝票(甲第二号証および同第六号証の一ないし十一)を作成するという記帳方式を採つていること。従つて売上カードの売上金に応当する入出金振替伝票の入金金額は当然両者同額のものでなければならないのに、両者の関係を表示すれば別表記載のとおりとなり、両者を対比するとカード記載の金額は、伝票記載の金額より合計額において金三一一、〇〇〇円すくなく、右のように記載金額が一致しないカードと伝票を個別的に対照してみると、その開差額はいずれも金一〇、〇〇〇円又は金二〇、〇〇〇円というように被控訴会社のごとき業態の取引には実際上あり得ない数字が出ているし、また伝票に「11,505円50銭」と記載された数字をほしいまゝに「21,505円50銭」と改ざんしたものもあり、結局右金三一一、〇〇〇円の開差額は、被控訴会社の故意による売上計上洩によつて生じた、その備付帳簿書類上の支払超過を補充するため、便宜に伝票を修正したにすぎず、正確に売上計上洩を修正したものとみることができないこと、すなわち被控訴会社備付の帳簿書類は、正確に記載されたものでなく、その記載内容に無根拠修正が施されているもの、又は当然記帳すべきを故意に脱漏せしめている等の欠陥が存することを窺うに十分であること。

(二)  次のような売上計上洩と推認できるものがある。

(1)  金一七三、〇〇〇円

被控訴会社は本事業年度中その代表者個人の名義において日々金二、〇〇〇円ずつの積立貯金をなしその合計額は金四八四、〇〇〇円に達した。(乙第一号証)これについては被控訴会社備付の現金出納帳簿上その出所が不明であるから、本来同額全部を売上金の脱漏として処理すべきであるが、別表(c)欄の開差額の合計金三一一、〇〇〇円が、売上脱漏分のいずれに該当しているか明らかにすることができないものではあるが、この開差額によつてまかなわれたとしても、尚その差額一七三、〇〇〇円は売上計上洩と推認することができる。

(2)  金四〇、〇〇〇円

被控訴会社備付の現金出納帳上右金額は被控訴会社代表者個人からの借入金として記帳処理されているが、記録としては僅に入出金振替伝票一枚(甲第六号証の八)だけに「四月四日借入金四〇、〇〇〇円」とあるだけで他によるべき関連記録がない。被控訴会社代表者は関東信越国税局協議団前橋支部の協議官の被控訴会社の所得調査の際このことを確められたところ「何故四〇、〇〇〇円借りたか、設楽税理士に伺わなければ判りません、帳簿に現金不足が発生するので己むをえず上記の方法をとつたものと思われます。」(乙第三号証)と答えていることからしても右は結局記帳不正確による帳簿上の支払超過を修正するため、適宜計上洩売上額を補充した架空借入金であつて、同額の売上計上額を補充した架空借入金であつて、同額の売上計上洩ありと推認しうる。

(3)  金一四、〇〇〇円

商品が販売される場合、売上金額に計上する時期は、売買契約の効力発生のとき又は商品の引渡が行われたときであるのに被控訴会社の売掛金補助簿(甲第四号証)によると取引があつたにもかゝわらす、これを売上金額に計上していない部分が多数あつて、売上計上洩れと目すべきものが右金一四、〇〇〇円以上に及んでいる。

以上(1) 乃至(3) の売上計上洩の総額は金二二七、〇〇〇円に及ぶから控訴人主張の原判決事実掲示(四)の売上計上洩金四八、〇〇〇円の存否の判断はこれを措いても尚被控訴会社の本事業年度の確定申告には控訴人主張の売上計上洩一九〇、五〇〇円以上の存することが明らかである。

被控訴会社代表者の原審並びに当審における供述中には右認定に副わない部分があるが、それは右認定を備付帳簿等により合理的に排斥する根拠を示すものではなく旁々前記認定の資料に照しこれを措信することができない。他にこの売上計上洩の認定を左右するに足る証拠は存しない。

尚被控訴人は右売上計上洩一九〇、五〇〇円は控訴人が本件更正決定をした後被控訴人が本訴を提起したことから急きよこれが認定の資料を蒐集せざるを得なかつたもので右決定当時一九〇、五〇〇円の内容は全々明らかにされていなかつたのであるから右金一九〇、五〇〇円の計上洩記載の当否はさておいても、右更正決定は実質的な理由を欠く違法のものであると主張するが、先に認定の資料として摘示した被控訴会社代表者の供述自体に徴し本件更正決定前被控訴会社代表者は前橋税務署員の実地調査の際はこれに協力してその結果を了知しうる立場にあり、また同税務署員は五〇、〇〇〇円か八〇、〇〇〇円の修正を加えた確定申告書の提出方を勧奨したが被控訴人はこれに応じなかつたこと、更に右売上計上洩れは右認定の理由に説示するとおり被控訴会社備付の根簿書類等の欠陥により概ねこれを推知しうべきものであることを併せ考えると本件更正決定当時控訴人が右計上洩一九〇、五〇〇円の内容を明確にしていなかつたということはできないから、被控訴人の右主張は採用しがたい。(成立に争のない甲第十三号証は、本件事業年度の次の事業年度、すなわち昭和二十七年八月一日から昭和二十八年七月三十一日までの分の確定申告に関するものであるから、上記の認定の妨げとなるものではない。ところで右更正処分通知書に附記された理由の記載について考察するのに、右記載は要するに「帳簿書類中、売上金額の計算に誤があり、売上計上洩が一九〇、五〇〇円あるものと認めて所得金額を修正したものであること」を明かにしたものと解し得られ、その計上洩数額は上記の事実関係に徴すれば、納税者たる被控訴人においても容易に理解することができたものと推測される。もとより更正決定通知書に附記される理由の内容は更正処分の公正と正確を期する上からもできるだけ具体的に詳細且明確に表示されることが望ましいことではあるが、右理由の表示方法につき特別の規定はないのであるから、要は申告者において修正現由を理解しうることを目途とすべく、本件修正の理由として上記の程度の記載がある以上、(備付帳簿書類の整備、内容に不精確のそしりを免れない本件納税者に対する修正を個々の取引にあてはめて表示することは不可能に近い)本件更正処分に理由の附記を欠く違法があるものということはできない。従つて被控訴人の本件更正処分取消請求は理由がない。右請求を認容した原判決は不当である。よつて本件控訴を理由ありと認め、民事訴訟法第三百八十六条第八十九条第九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 堀田繁勝 野本泰)

第一表<省略>

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